大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)288号 判決

本籍

神奈川県横浜市中区滝之上七四番地

住居

東京都文京区湯島三丁目二八番二号

湯島永谷マンション三〇五号

職業

飲食店業

高橋テル

昭和三年三月一八日生

出席検察官

検事 清水勇男

主文

被告人を懲役一年および罰金一、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都千代田区有楽町二丁目一番一〇号ほか三か所において、「登連とん」等の屋号で大衆酒場を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外する等の方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四七年分の実際総所得金額が四二、二〇六、七六五円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和四八年三月一五日、同区神田錦町三丁目三番地所在の所轄麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が四、一二二、三八九円でこれに対する所得税額が七二四、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により昭和四七年分の正規の所得税額二二、〇一九、九〇〇円(別紙(四)所得税額計算書参照)と右申告税額との差額二一、二九五、六〇〇〇円を免れ

第二  昭和四八年分の実際総所得金額が五八、五七一、八五〇円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和四九年二月二二日、前記麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が六、五五六、一一一円でこれに対する所得税額が一、五八八、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、昭和四八年分の正規の所得税額三二、五八三、八〇〇円(別紙(四)所得税額計算書参照)と右申告税額との差額三〇、九九五、三〇〇円を免れ

第三  昭和四九年分の実際総所得金額八四、〇四八、〇二五円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五〇年三月六日、前記麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が七、一九〇、〇一五円でこれに対する所得税額が一、五〇九、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、昭和四九年分の正規の所得税額四九、〇五五、一〇〇円(別紙(四)所得税額計算書参照)と右申告税額との差額四七、五四五、四〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述及び検察官に対する供述調書

一、桜井京子の検察官に対する供述調書

一、押収にかかる所得税確定申告書三袋(昭和五一年押第一二六六号の符一、二、三)

一、同じく青色申告決算書三袋(右同押号の符四、五、六)

なお、勘定科目別の増差金額認定証拠はつぎのとおり

<売上>

一、収税官吏宇野宏の昭和五〇年一〇月二三日付売上金額調査書

<仕入>

一、収税官吏平尾育男の昭和五〇年一〇月三一日付仕入金額調査書

<租税公課>

一、右平尾育男作成の昭和五〇年一一月一九日付租税公課調査書

<旅費交通費、通信費、接待交際費、福利厚生費、雑費>

一、高橋テルの税理士佐光孝次作成の昭和五〇年一一月一九日付上申書

<修繕費>

一、前記宇野宏作成の昭和五〇年一一月二五日付修繕費調査書

<消耗品費>

一、右宇野宏作成の昭和五〇年一一月二六日付消耗品費調査書

<減価償却費>

一、右宇野宏作成の昭和五〇年一一月二五日付減価償却費等調査書

<給料賃金>

一、収税官吏平尾育男作成の昭和五〇年一一月二八日付給料調査書

<利子割引料>

一、大星商店星野仁司作成の昭和五〇年九月二九日付回答書

<青色申告控除>

一、麹町税務署長石山功作成の昭和五〇年一二月二二日付証明書

<利子所得、配当所得につき>

一、収税官吏平尾育男作成の昭和五〇年一〇月三一日付の各調査書

(1)  〈優〉定期預金調査書

(2)  普通預金調査書

(3)  通知預金調査書

(4)  〈分〉定期預金調査書

(5)  貸付信託調査書

(6)  金銭信託調査書

(7)  総合定期預金調査書

(法令の適用)

判示の各所為は、いずれも所得税法二三八条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑を併科する。以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を後記の量刑の事情でのべた考慮により主文の刑に処し、罰金刑の換刑処分については同法一八条を、懲役刑の執行猶予については同法二五条一項をそれぞれ適用する。

(量刑の事情)

本件が、三ケ年間に至る間の犯行であり、そのほ脱税額の合計額が九九八〇万円余に及ぶものである点に注目するとき、この種の事犯として決して犯情は軽いものではない。

しかし、本件は、事業所得の売上収入金額が被告人自身の克明に日々記載した帳面の存在によって完壁な形で把握されていることからも明らかな如く、被告人は脱税者にとっては最大の関心をもって秘匿すべき右の帳面を自室の押入れにいわば漫然と保存していたし、所得の留保形態としてもその帰属関係を不明にするような殊更なる架空名義預貯金口座を設定したものでもなかったというのであって、これは要するに、脱税事犯の形態としては、単純幼稚ともいえるのであって、巧妙悪質といえるものではない。また、本件事案に対する税務当局の犯則調査が終了するや、その示唆された数額をもってそのまま修正申告をなして、そのため犯行にかかる三ケ年分だけでも国税、地方税を合わせると本税だけで合計約一億二、四五〇万円を既に完納ずみであるうえ、国税に対する重加算税も右三ケ年分だけで合計約二、九七〇万円余を納付しており、同じく延滞税も合計約九四〇万円も納付ずみであって、このことは被告人がその行為を深く反省自覚していることを物語る。

さらに、当公廷における被告人の所作言動に鑑みて、同人の昭和五一年八月二四日付の上申書をみるに、その記載内容にはそれ程の虚飾もなく真実に近いことが語られていると思料されるところ、被告人は必ずしも恵れた環境で生育しておらなかったのに、その薄幸を乗り越えて、昼夜を分かたず働くことを生き甲斐として一年中働き、金銭的余裕ができても贅沢を避け質素で倹約的生活をしていたと認められ、その営業収支も暴利を貪ったものでもなく、女性としての娼態によって稼いだものでもなく、いわゆる一杯飲み屋で煙と脂と汗で稼いだ収入であることに思いを致すとき、犯した結果とは云え、今迄の預貯金の全てを吐き出し借金までして本税のほか重加算税、延滞税及び地方税を納付して最初から出直そうとしている健げな態度をみると、現行税制の当否はさておき、不憫とさえ映る。特に、この種事犯においては、税務調査で所得金額の把握が困難不能であることのためいわば真実の所得額の一部のみが把握され起訴されているような場合が多いところ、そのような事例の場合ならばとも角、本件においては被告人の売上収入額はその克明に記録された帳簿によって全額完壁な形で把握されているのに対しその経費的支出乃至仕入れについては被告人側において証拠を揃えてそれら支出経費の存在を立証し難いからとして、起訴の数額を敢て争わないと認めている(第一回公判期日及び第二回公判期日における事実認否についての被告人の供述変遷参照)本件においては、なおさらその感がする。

これらを被告人にとって有理な情状として考慮し、懲役刑については比較的短期の執行猶予期間を、罰金刑については、類似のほ脱税額事案に比して寡額としたうえ主文のとおりの量刑とした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村勲)

別紙(一)

修正損益計算書

高橋テル

自 昭和47年1月1日

至 昭和47年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二)(1)

修正損益計算書

高橋テル

自 昭和48年1月1日

至 昭和48年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙(三)

修正損益計算書

高橋テル

自 昭和49年1月1日

至 昭和49年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙(四)(1)

所得税額計算書

高橋テル

〈省略〉

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